第25話

『何!? それは一体どういう事だ!』
「今私が言ったとおりです。ダニエル=ゴードンは生きています。このまま連行していきます。今回の私の任務はこれで完了です、長官」
 スミスのインカムからメイソン長官の声が聞こえてくる。スミスがダニエル=ゴードンを狙撃せずに生かしておいている事に驚きを隠せない様子だった。
『違うぞスミス少尉! 君の任務はダニエル=ゴードンを狙撃し暗殺する事だ! 今からでも間に合う! 早く奴を殺せ!』
 おかしい……。どうしてここまで彼を殺す事にこだわるのだろうか?
「長官、どうしてそんなに奴を殺したがるんですか?」
『それが君の任務のはずだ! さっさと殺さないと君を軍隊から追放するぞ!』
「かまいません」
 メイソン長官は今のスミスの発言を聞いて言葉を失った。半分脅しのつもりで言ったのだろう。しかしスミスは軍からいなくなる事になんの躊躇もない様子だった。
『今何と言った? 軍隊を辞めるつもりかねスミス少尉?』
 スミスは少し間をおいてから言った。
「はい。私はもう疲れたんです。もう人を殺したくない。詳しい話は戻ってからお話しします。以上で通信を終わります」
『あ、待て!』
 スミスはメイソン長官の制止を聞かずにインカムを外した。彼は階段を下りていき出入り口の扉を開ける。そこらじゅうの壁に黒い痕が残っている。一目で弾痕である判断できる。彼は出入り口の傍の階段を下りていきT字通路を右に曲がり、再び階段を上って白ビルへ繋がっている橋のような通路がある小さい広場のような所に歩いた。そこには生き残った隊員がDDCのメンバーにMP5を構えている。そこにはロベルトとアルバートもいた。
 ロベルトがスミスの姿を見ると敬礼をしてから言った。
「少尉、お疲れ様です。ですが先ほどの言葉はどういう意味なのですか? 少尉の任務はダニエル=ゴードンを狙撃する事のはずです。ここまできて任務を放棄する気なのですか?」
「……その通りだ。ロベルト隊長、私はもう人を殺す事に疲れたのだよ」
 ロベルトの傍にはアルバートもいるが少し気まずそうな表情をしている。もしかしたら任務が始まる前に自分の言葉のせいかもしれないと彼は思っていた。
「さあ、そんな事より早くここから退去しよう。生き残った隊員は二人はDDCのメンバーの監視、それ以外は皆一緒の車に乗り込むんだ」
 スミスがそう言うと隊員達は一斉に了解の言葉を言った。隊員達はDDCのメンバーを立たせて出入り口に向かわせた。彼らは隊員達に対して毒を吐いたが拘束具を付けているから抵抗など勿論できなかった。隊員達は無視して彼らを出入り口に向かわせていく。
 その中に足を引きずりながら歩く男、DDCのボスのダニエル=ゴードンがスミスの前で立ち止まった。
「……あんたの任務は俺を狙撃して暗殺することなんだろ?」
 そう言うと彼はスミスに対して胸を張った。
「やれよ。その狙撃銃で俺を撃て」
「断る」
 スミスが出入り口に向かおうとすると彼は言った。
「へっ! 急に人を殺す事が恐くなったスナイパーか。お笑いだね。俺を殺さなきゃお前の部下の隊員の死が犠牲になるぜ!」
スミスは立ち止まって彼の方を向いて言った。
「……元々彼らは私の部下ではない。皆私の任務に協力してくれた仲間だ」
「……仲間ねぇ。まあいい。全く人一人殺せなくなったなんてかっこ悪いぜ? ほら、俺の命をくれてやるからかっこ良くなれよ」
 ダニエル=ゴードンはスミスの方に近寄ってくる。だがそれでもスミスは手に持っている狙撃銃の銃口を彼には向けない。
「できないのかよ。腰抜けめ……」
「貴様! いい加減にしろ!」
 ロベルトがダニエル=ゴードンの身勝手な行動に銃口を向けた時だった。
「わかったよ。ダニエル=ゴードン、お前の望む通りにしよう」
 スミスがそう言うと銃弾を一発取り出して狙撃銃に装填した。そしてダニエル=ゴードンに銃口を向けた。それは彼の頭部にではなく、股間に向けられていた。
「お……おい」
「殺さない代わりに死ぬより辛い思いをさせてやろう。下手したら死ぬかもしれないが、まあ即死はないだろうから安心しろ」
 スミスとダニエル=ゴードンの距離は一メートルとない。この距離で狙いを外すわけがない。
「や、やめろよ……。撃つなら頭を撃てよ……! おい!」
 スミスはゆっくりと引き金を引いていった。一発の銃声がCUSに響き渡った。
 その銃弾はダニエル=ゴードンのズボンの下側をかすめていた。血は出ていないがズボンが少し破けている。あと数ミリずれていたらダニエル=ゴードンは死よりも辛い苦痛を受けていただろう。よほど恐ろしかったのか彼はその場で腰を抜かして失禁した。
「恐ろしいだろう? これ以上人に対して自分を殺せなど言わない事だ。本当に命を失う事になるぞ」
 スミスはボルトアクションを行って薬莢を排出した。その薬莢はダニエル=ゴードンの方に向かって転がっていく。スミスは今度こそ出入り口に向かっていき、CUSを後にした。