第16話

 黒い手袋で覆われた手がロベルトの肩を叩こうとしている。だがその手の動きがピタリと止まった。何かが黒い手袋をしている人物にあたったからだ。ロベルトは左手でガラスの破片を取りながら右手でMP5を持ち、左側の脇腹の辺りから後ろに武器を向けていた。
「ジョセフ、一体何をしているんだ?」
 ロベルトの後ろにいたのはジョセフだった。部隊員はジョセフに限らずロベルトを含めた全員が黒い手袋を装着している。
 ロベルトはジョセフが後ろから近寄ってきているのにちゃんと気づいていた。ゆっくり近づいても足音を消しきれていなかったからだ。
「一体どうして銃を撃ったんだ?」
 ジョセフの顔色は真っ青だった。これから自分が言おうとしている事をロベルトに言ったら殴られると思っていたからだ。だが彼は言った。言わなければ先に事が進まないのは目に見えていたからだ。
「す、すいません隊長! うっかり転んでしまってその拍子に引き金を引いてしまったんです!」
 何という馬鹿げた理由だろうか……。ロベルトはそれを聞いた途端にため息を吐いた。そしてゆっくりと立ち上がってジョセフの方を向いた。
「……セーフティをかけてなかったのか馬鹿者が!!」
 ジョセフが思ったとおり、ロベルトは彼の頬を拳で殴りつけた。
「お前は外で待機している仲間やスミス少尉に迷惑をかけたんだぞ!? もしかしたら任務に支障をきたしたかもしれないんだ!」
 ジョセフは顔をあげることができずにいる。ロベルトは怒鳴ったせいで軽い息切れを起こしている。
「まあここで怒鳴っていてもしょうがない。スミス少尉に謝罪しに行くぞ。部下の責任は上司の責任にもなるから俺も行く」

   屋上ではロベルト隊長とジョセフがスミスに向かって頭を深々と下げて謝罪している。
「申し訳ありません少尉! 私の不手際で部下がご迷惑をおかけしまして本当に申し訳ありません!」
「ロベルト隊長」
 スミスが狙撃銃のスコープを覗きながら静かに言った。
「ジョセフ隊員をこの作戦から除名するんだ。もう彼はここには置いておけない」
 それを聞いたジョセフは驚いて頭を上げてスミスの傍に寄っていって頭を下げて先ほどよりも必死に謝罪をする。
「本当にすみませんでした! 足手まといにならないように気をつけるので除名だけはお許しください!」
 だがスミスは淡々とした口調で言う。
「君がいると私やロベルト隊長だけでなく仲間の隊員の命も危険にさらしかねない。どうして君は銃を撃ったんだ? 何か銃を撃たないと突破が困難な危機でもあったのか?」
 するとロベルト隊長がジョセフが銃を撃った理由を話し始めた。その口調はどこかビクビクしているように思えた。
「……セーフティをかけるのを忘れていて転んだ拍子に銃の引き金を引いてしまった? こんな馬鹿な話があるか……。常識がなさすぎる」
 ロベルトとジョセフは何も言うことができずにいた。その後は一〇秒程の沈黙が赤ビルの屋上を支配した。するとジョセフが口を開いた。
「あの少尉……。お願いですから自分をこの作戦に置いてください! 少尉だけでなく仲間にも迷惑をかけないように注意しますので! どうか除名だけは……!」
「駄目だ。君はあれほどの事をやらかしたんだ。本来なら軍部会議にかけられてもおかしくないほどの失態だ。この作戦においての除名だけで済むのはまだ運がいいほうなんだ。わかったら装備を持ってここから去るんだ。輸送車両で待っていろ」
 ジョセフにはもう何かを言う気力はなかった。うなだれならが自分の武器と装備品を持ってハシゴを下っていった。ロベルト隊長もスミスの迫力に圧倒され何かを言うどころか動く事さえできなかった。
 ジョセフがいなくなってから一〇分程経過するとロベルト隊長の無線機が急に鳴った。
「こちらロベルト、どうしたんだ?」
 無線機からは隊員の声が聞こえてくる。
「白ビルに仕掛けた盗聴器から声が聞こえてきたんです。おそらく奴らが現れたと思われます!」
「わ、わかった! お前達はそのままそこで待機していてくれ! 切るぞ」
 ロベルト隊長は無線機をしまうとスミス少尉に今の事を伝えた。スミスの目が急に鋭くなった。一瞬にしてCUS全体が緊張感に包まれていった……。