第2話

 アメリカ軍の基地では今日も兵士達が来るべき戦闘に備えて過酷な訓練を行っている。その基地の施設の廊下を軍服に身を包んだ一人の男が歩いている。名前はスミス=アンダーソン、階級は少尉、現在は軍の狙撃班の班長を務めている。彼はある一室の扉を開けて中に入る。そこはまるでどこかの大企業の社長が接待に使うような高そうなソファーやテーブルなどが置かれている。その部屋には一人の眼鏡をかけ白いブラウスを着ている女性がいる。
「スミス少尉ですね?」
「ああ、そうだ」
 女性は丁寧に頭を下げてから言った。
「お待ちしておりました。メイソン長官がお待ちです。どうぞ長官室にお入りください」
 それを聞いたスミスはさらに奥の部屋へと歩み寄り、ドアノブに手をかけ扉を開けた。中は女性がいる部屋よりもさらに豪華なテーブルやソファー、絨毯、さらには射撃コンテストなどで獲得したトロフィーなどが飾られている。窓際のデスクにはパソコンや数々の書類、その前にあるイスには将校の制服に身を包んでいる男が座っている。その男がスミスの方を振り向いた。
「やあスミス少尉、本日の午前二時に行われた狙撃任務、本当にご苦労だった」
「アメリカ、いえ、もしかしたら全世界を脅かす事になるかもしれない犯罪者を葬っているだけです、メイソン長官」
 長官はそれを聞くとスミスにソファーに座るように手を差し出した。スミスは一礼してから豪華なソファーに腰かけた。
「君が表に出せないような非公式任務を請け負ってくれているおかげで非常に助かっている。一般市民の人々を守るためとはいえ、この事が公になれば軍と政府の信用はガタ落ちだ」
 長官も今のセリフを言いながらスミスの向かい側のソファーに腰かける。
「私の家族は犯罪者に殺されています。家族を殺した奴を見つけるまでは私は公式だろうが非公式だろうが狙撃任務を続けていくつもりです」  今のスミスの言葉を聞いたメイソン長官は笑いながら葉巻を懐から取り出して火をつける。そして煙を口から吸い吐いていく。
「全く頼もしい限りだ。私が君達の教官をしていた時から思っていたよ。君は優秀な暗殺者になるとね」
 メイソン長官はもう一度葉巻の煙を吸った。煙を吐くと口と鼻の穴からそれは出てきた。メイソン長官は現役の頃は右にでる者がいないほどの優れた狙撃手だった。彼は現役時代、「凍れる瞳」という別名があった。狙撃成功率の高さもこの別名がついた理由だが、何よりもの理由はその非情さにあった。相手が誰であろうとも容赦のない暗殺をしたためそう呼ばれていた。現役を引退すると彼は狙撃班の教官を担当する事になった。その時の訓練生の一人が現在伍長のスミス=アンダーソンだった。スミスは類まれなる素質を持っていた。そのため他の訓練生よりも早く正式な狙撃手となった既に数々の任務を成功させており、彼もいつしかまた「凍れる瞳」と呼ばれるようになった。
「長官、そろそろ次の任務を教えてください。私を呼んだのはそのためのはずです」

「ああ、そうだったな。よし、では次の任務の説明をしよう」
 メイソン長官はソファーの上から立ち上がり自分のデスクに歩いていった。その引き出しから一枚の写真を取り出してソファーに戻り、その写真をスミスに見せた。
「ライアン=ロスバーグ、共和党議員だ。ニュースでも取り上げられたから君も知っているだろう」
 そこには髪の毛をオールバッグにした三〇代後半くらいの男が写っている。
「マフィアと手を組んでいると言われていたあの議員ですか」
「そうだ。調査によってその噂が事実である可能性が高くなってきた」
 スミスは気難しそうな顔をして言った。
「百パーセントではないのですね?それなのに暗殺をしろと?」
「限りなく百パーセントに近いんだ。これが事実ならマフィアの勢力を衰退させる事ができるかもしれんのだ。スミス少尉、この任務を引き受けてくれ」
 メイソン長官は真っ直ぐスミスの目を見て話しかけてくる。スミスは少し悩んだ。
高い可能性でマフィアとつながりがあると言っても完全にそうだとは言い切れない。
しかし長官が嘘をついているようにも思えない。
「……わかりました。この任務、引き受けましょう」
 それを聞いた長官は立ち上がってスミスに握手を求めた。スミスもそれに応じて握手をした。
「ありがとう!ではこれが任務開始の時刻と最適な狙撃ポイント、そしてターゲットについての情報が記された紙だ。目を通しておいてくれ」
「わかりました。ではこれで……」
 紙を受け取ったスミスは長官室から退室していった。紙には様々な情報が記されていた。その中で最初にスミスが確認したのは任務開始時刻だった。予定時刻は今夜の一一時三〇分……。