第2話

 夕日が沈みかけている。時刻は午後四時五三分、あと少しで五時になる。午後五 時、ダリが一番好きな時間、それは一回見てしまうと頭に焼き付いて忘れられなくな るものだ。
 空は赤く焼けた色になっている。心に深く残る色。ダリはその赤の光が差し込んで いる教室に飾られている一枚の写真を手に取った。縁に入ってガラスで覆われている その写真、入学式に撮影したものだ。子供たち一人一人が可愛い笑顔を浮かべてい る。
 ダリが今いる教室の窓からは、ちょうど絶景が広がる校舎の裏側を眺める事ができ る。そこに広がっている景色は今日も素晴しいものだった。赤い大地の地平線と赤く 染まった大地の壁、先進国では滅多に見れないであろうこの景色。この土地で育った 人間は、穏やかな人格を持った人間へと育っていく。ダリがふと時計を見ると、五時 まであと五秒のところまで来ていた。ゆっくりと秒針が動いていく。そして五時に なった。
 ある音楽が聞こえてくる。クラシック音楽だ。かのショパンが作曲した、曲名「練 習曲第三番」、通称「別れの曲」だ。聞こえてくるのはピアノの音ではなかった。夕 焼けの時間帯に合う何ともいえない音質になっている。ダリにはこの曲の名前が何と いうのかは知らなかった。だがダリはこの曲が大好きだった。この曲を聞きながらこ の絶景を見る。ダリはこの時間こそが宝物だった。
「ダリくーん! 早くかえろーよー!」
「あ、ごめんね! もうちょっと待ってて! すぐいくからー!」
 教室の外から友達の声が聞こえてくる。ダリはカバンを右手に持って教室の外へと 走っていく。
「おまたせ!」
「もうおそいよー! みんな先にいっちゃったよー!」
「ごめんね!」
 外で待っていた友達と一緒に木で出来た床の上をダリは走っていく。その途中で担 任の女の教師に見つかってしまった。
「こーら! 廊下を走っちゃだめでしょ! こんな時間まで学校にいるってことは… …、ダリ君でしょ?」
「はーい」
 だけど先生はきつく怒る事なく、しゃがんでから優しい笑顔で二人を見て言った。

「いい? 音楽を聴きながら景色を見るのはすごくいいことよ。でも廊下を走るのは だめだからね? 二人ともわかったわね?」
「はーい」
「わかりました」
 それを聞いた教師は笑ってその場から立ち上がった。
「わかればよろしい! じゃあね、明日も元気に学校に来るのよ?」
「はーい、せんせーいさよーなら!」
 ダリと友達が声を揃えて言った。教師も笑顔のまま手を振って二人を見送った。
 二人はそのまま校庭を走りながら後にし、町の中心部に向かって走っていった。そ こには隣町のガチラともう一つの隣町とへ繋がる駅、その駅前に広場があるのだ。そ の広場は子供達の遊び場になっている。
 二人がその広場に到着すると、子供達がサッカーをしている。サッカーとは言って も、ダリと友達を合わせても一〇人、五人対五人の小さいサッカーだ。子供達は二人 に気づくとサッカーをしている足を止めた。
「あ、やっときた! 二人ともはやくおいでよ!」
 子供の一人が言った。
「よーし! じゃあもう一回チームわけしようぜ!」
 そしてチーム分けを行い、彼らはサッカーを始めた。友達の一人の手を叩く音を キックオフの合図としって一斉に走り始めた。ダリの味方の少年がドリブルをしてダ リにセンタリングをあげた。ダリはそこでヘディングのシュートをしたが、キーパー がボールをキャッチし、味方に向かって思い切り投げた。カウンターだ。サッカー ボールを蹴りながら自分達のゴールに向かって相手のチームが走っていく。そしてパ スを一回してボールを受けた少年がそのままシュートをした。ボールは見事にゴール の中に入った。
「くっそー! ダリ、逆転してやろーぜ!」
「もちろん!」

 その後、午後六時三〇分までサッカーは続いた。結果は一二対一〇、ダリのチーム は負けてしまった。子供の遊びとはいえ、皆が真剣にボールを追いかけたので汗だく になっている。Tシャツの上から三分の二は汗を吸って重くなっている。
 ダリを含めた少年達は皆それぞれの帰路についた。ダリも村から少し外れた自分の 家に向かって歩き始めた。清々しい笑顔を浮かべながら……。