第33話

 M24に金色の鉛が込められていく。それを五発装填し、ボルトを閉じて銃を強く握る。スミスはその場から立ち上がろうとするが、先ほどの被弾の影響でそれが思うようにできずにいた。しかし怒りに動かされた人間の強さは凄まじいものだった。激痛が足から全身に響き渡っているはずなのだが、歯を食いしばりその場から立ち上がった。足を引きずりながら階段を上っていき、屋上へと向かう。扉を開けるとビル風がスミスの体を突く。当然、足にも風があたるので、言い表すのが困難な痛みが彼の体を走り抜ける。
 屋上の出入り口の上部にある貯水タンクが存在する部分に匍匐体勢をとる。スコープの覗き、証券会社のビルの下の方の階を見ていく。だが彼は気づいていなかった。

 ちょうどスミスが下の階を見ている瞬間に、ジョセフも屋上へと辿り着いていた。
彼もスミスと同じように貯水タンクへと向かっていく。証券会社のビルの屋上には、貯水タンクが二つくっつくような形で存在している。ジョセフはちょうどそのタンクの隙間に身を隠し、銃口を覗かせる。
 連邦ビルの屋上にいるスミスはジョセフの位置を捉える事に成功した。屋上を見たときに、タンクの隙間に異様な物体があるのに気がついたのだ。彼はゆっくりとジョセフの喉にレティクルを合わせていく。スコープの角度を風速、風向き、温度、湿度、標的までの距離を総合的に計算し、調整していく。それらが終われば後は引き金を引くだけだ。今のスミスは怒りの塊のようなものだ。

 ためらうな

 ゆっくりと右手の人差し指を自分の方向に向けて引いていく。だが最後まで引く事ができない。まるで何かが引き金を引くことを阻んでいるかのように。尚も力を込めてスミスは引き金を引こうとするが、依然として引き金はびくともしない。
 スミスに葛藤が生まれ始めた。もう二度と人の命を奪うようなことはしない、怒りに身を任せて奴を殺してしまえ、この考えが彼の頭の中で衝突している。だがスミスが引き金を引けなかったのは、間違いなく人間であろうとするスミスの考えの方が強いからであろう。アルバートは殺された、だからその仇をお前が討て、その考えが尚もスミスの頭の中を駆け巡る。だがその度にもう一つの考えが立ちはだかる。アルバートは確かに殺され、お前も辛い思いをしている。しかしここでまた人の命を奪ってしまったら、それこそアルバートに対しての最大の裏切りだ。その思いがスミスが引き金を引くのを阻止している。いや、違う。引き金を引くのを阻止しているのではなく、殺人をするのを阻止しているのだ。
 スミスが葛藤で苦しんでいる間だった。ジョセフもとうとうスミスを見つけた。口元を緩ませながらゆっくりと照準をスミスに合わせていく。そしてその作業も終了した。後は引き金を引けばスミスの頭は粉々に吹き飛ぶ。ゆっくりと引き金を引いていくジョセフだった。だが連邦ビルの方から銃声が聞こえた。そして放たれた銃弾はジョセフの目の前にある貯水タンクの一つに被弾した。ジョセフはホッとしながら再び引き金を引こうとしていく。すると再び連邦ビルから銃声が轟いた。銃弾はまたしても貯水タンクに命中した。流石にイラついてきたジョセフは一気に引き金を引こうとするが、間髪入れずに貯水タンクに銃弾が命中する。命中した時に発生する衝撃は怯まないほど生易しいものではないので、どうしても本当的に防御体勢をとってしまうのである。この間にスミスはボルトを動かし、薬莢を排出し、次の銃弾を薬室に装填しているのである。スミスはまた引き金を引きタンクに命中させる。タンクの被弾した部分は凹んでしまっている。そして最後の銃弾をスミスは放った。
 衝撃に耐えられなくなったタンクは破裂して水が勢いよく噴出している。ジョセフは慌てながら少し後ろに引き下がって銃を構え、でたらめに発砲する。だがその時、ジョセフの左肩から血が溢れ出てきた。だがジョセフが被弾する前に発砲した銃弾が不幸にもスミスの右胸の上部に被弾した。その銃弾はスミスの体を貫通した。
 その時、ビルの下で起きた爆発によって足止めを食っていた特殊部隊員達がそれぞれのビルの屋上に到着した。
「大丈夫ですか!? スミス少尉が倒れている! すぐに救護ヘリを要請しろ!」
「了解!」
 隊長の指示を受けた隊員が無線機を取り出し救護ヘリの要請を無線で連絡した。
「とにかく止血をしなければ! このままでは大量の出血で……!」
 隊長は持っていた布をスミスの傷口にあてて、なんとか止血をしようと試みるが、溢れ出てくる血液の量が尋常ではないので布が真っ赤に染められていく。
 証券会社のビルでは肩から血を流したジョセフが特殊部隊に包囲されていた。四方八方から構えられたMP5を目の前にして、ジョセフは痛みに悶えながら戦意を失っていった。苦痛に顔を歪めながらツバを吐いた。ジョセフの手に手錠がかけられ、証券会社のビルをあとにしていく。

 そしてスミスは……