第32話

 MP5を握る手から力が失われていった。それはゆっくりにも見えたがとても早いようにも思えた。屋上の地面に向かってMP5が落ちていく。それが床にぶつかって音をたてる。音が響くような環境ではないはずなのだが、何故か音が響いて聞こえた。
 アルバートの防弾チョッキに一つの凹みが見える。それはSVDの銃弾が命中した部分だ。しかし銃声は二発聞こえた。もう一発は防弾チョッキに覆われていない、首に近い部分に命中していた。そこから血が溢れ出てきている。噴出し、滝のように流れ出ている。彼の口からも大量の吐血が見られた。
「アルバート! どうしたんだアルバート!」
 スミスがそう叫べとも、アルバートの声は聞こえてこない。その代わりに聞こえてくるのは、ジョセフの下品な笑い声だった。
「貴様……! アルバートはお前の事を信頼していたと言っていただろ! どうしてアルバートを撃った!」
「奴が俺にとって敵であるからですよ、少尉。それにお前同様目障りだ。ついでに言っておくと、アルバートがいくら俺を信頼していても、俺はあいつの事を信頼していなかったからな。というより俺は誰一人として信頼いないんだよ」
 尚もジョセフの笑い声が聞こえてくる。スミスは怒りで我を忘れそうになった。それを懸命に堪える彼だがジョセフの口から衝撃的な真実が語られた。
「さてと、お前もアルバートと同じようにしてやるよ。いや、どちらかと言えばレイス=アンダーソンやリリ=アンダーソンのように、と言ったほうがいいかもな」
 スミスは自分の耳を疑った。ジョセフが言った自分と同じファミリーネームを持つ二人の人物、言うまでもなくスミスの両親だ。父親がレイス、母親がリリ、ジョセフが彼の両親の名前を知っている。
「まさか……」
 流石に今度ばかりはジョセフの言わんとしている事がわかった。自分の両親は殺された、そして二人と同じようにしてやる。答えは一つしかなかった。
「まあはっきり言わなくてもわかるだろ? こういう家族情報はハッキングとかで簡単にわかっちまうからな。お前の父親はFBIの捜査官だ。奴らはDDCの操作をしていた。そして一三年前、当時俺は一〇歳だった。狙撃の訓練を積んだ俺の最初の標的として選ばれたのがお前の両親だ。まず家の中に重要な手がかりがないかお前の母親を殺した。最初に父親を殺さなかったのは理由がある。FBIの局の中で最初にお前の親父を狙撃すれば母親にも危険が迫っていると察知され、仕事ができなくなる可能性があった。だからまずお前の母親を殺したのさ。それから家の中を物色させてもらったが何もなかった。それからFBIに行ってお前の親父を殺したのさ。」
 気づかないうちに、スミスの狙撃銃を握る手に力が込められていっている。両親を殺した憎き仇が目の前にいる。もう人を殺さない、この誓いを忘れそうになっている。自分の人生を変えた敵と今現在において狙撃戦をしている。

 殺してやりたい、スミスはだんだんそう思うようになってきていた。そして彼の目が以前のスナイパーだった頃のそれになりかけていた。