第6話

 一秒がとても長く感じられる。狙撃をするときはいつもこの感覚に陥ってしまう。
何もかもがゆっくりと動いているように見え、そして聞こえる。車の動きや音、風の強さ、雲の動き……。
 ホテル・レインスウォールの一二階の二号室に標的は現れる。左手で銃身を支え、右手人差し指に狙撃銃の引き金を支え、右目でスコープを覗きながらそれを待つ。

 その一二階の二号室の出入り口付近では今回の標的、ワイシャツにスーツを着た共和党議員のライアン=ロスバーグと連れの白いブラウスと黒いスカートを着用している女性と抱き合っている。ライアンはその女性の首筋に優しくキスをし、女性は甘い吐息を漏らしながら言った。
「ねえ……、こんな事していいの? 奥さんやお子さんにバレたら大変よ?」
 女性のその言葉にライアンが反応し、女性の目を見つめながら言った。
「大丈夫、絶対にバレやしない……。今はその話はよそう」
 ライアンがそう言うと彼は女性のブラウスのボタンを一つ一つ、上から順番に外していく。女性もライアンのスーツを脱がしてからそれを放り投げ、ライアンと同じように彼のワイシャツのボタンを外していく。二人は激しく絡み合いながら夜景が見えるベッドのある部屋に移動していった。女性はベッドに身を投げて手と目でライアンを誘った。
「……来て」
 ライアンがズボンのベルトに手をかけたその瞬間だった。窓ガラスに穴が開いた。
それとほぼ同時にライアンの頭から鮮血が飛び散りそのまま勢い良く倒れこんだ。女性もライアンの血を顔に浴びていた。
「きゃあああ!!」
 穴が開いた窓の五百メートル向こう側のロウス出版社の屋上には銃口から煙が出ている銃を持っている男、スミス=アンダーソンがいた。右手でボルトを開けて薬莢を排出する。その薬莢は昨日と同じようにゆっくりと宙を舞って屋上の地面に落ちて金属音をたてた。スミスは無線機のスイッチを入れてインカムに向かって話しかけた。

「メイソン長官、ターゲットの死亡を確認しました。狙撃任務は成功しました」
 また葉巻の煙を吐くような呼吸の音が聞こえた後に声は聞こえてきた。
「よくやったスミス少尉。ではその場から退散してくれ。以上だ」
 無線での連絡を終えたスミスは狙撃銃を入れてきたバッグに戻した。そして彼は立ち上がると先ほど排出した薬莢を拾ってポケットに入れた。黒一色で身を包んだ男は出入り口の扉のドアノブに手をかけ、再び漆黒の闇の中へと同化していった。

 ライアンの死を目の前で目撃した女性はライアンが狙撃された時こそ悲鳴をあげたが今では妙に冷静だった。ボタンが完全に外されたブラウスのボタンを再び閉めていく。すると彼女は横たわっているライアンのズボンのポケットから何かを取り出した。彼女が手にしたのはライアンの財布と白い粉、恐らく覚せい剤や麻薬といったものだ。女性はそれを自分のスカートのポケットに入れ、部屋のドアを開けて出て行こうとした。
「動くな」
 女性は固まって身動きがとれなくなった。部屋の前の廊下にいたのはMP5と防弾装備で完全武装した特殊部隊の隊員だった。五人確認できる。全員女性に銃を向けている。女性は右手をゆっくりと後ろに回していく。そして特殊部隊員の一人に何かを突きつけようとした。だがそれよりも早く隊員の一人が女性の腕を取り押さえた。女性の手から落ちたのは拳銃、マカロフだった。
「連行しろ」
 隊員が二人女性を取り押さえて連行していった。

 翌日、スミスはメイソン長官の部屋にいた。スミスはソファーに座り、メイソン長官は自分のイスに座って葉巻を吸いながら新聞を読んでいた。
「……ホテル・レインスウォールで共和党議員、ライアン=ロスバーグが狙撃され死亡。そこに居合わせた女性、メアリー=レイスはライアン議員のポケットから彼の財布、そして議員が所持していたと思われる覚せい剤を奪って逃亡を試みたが、特殊部隊によって連行か……」
 スミスはただ黙ってメイソン長官の新聞を読む声を聞いている。
「君の働きぶりには本当に頭が下がる思いだ。あの時の初任務が嘘のようだな」
「……あの特殊部隊は一体? 私は何も聞いていませんよ」
 スミスの声には少し怒りが込められているように感じられた。
「すまないねスミス少尉。マフィアに繋がりがある人間を見す見す逃がすわけにはいかないからな。確実に捕らえられるように私の独断で出動させたのだ。君も聞いているだろう? 最近になって軍に新設された特殊部隊だ」
 それを聞いたスミスは声を荒げてメイソン長官に言った。
「私はそんな事を聞いているのではありません! 実際に狙撃をするのは私なのです! 詳細は全て私に教えてもらわなければ困ります!」
 メイソン長官は少し動きが固まったが、しばらくすればまた葉巻を吸い始めた。
「……すいません。少し外を歩いて頭を冷やしてきます」
 ソファーから腰を重そうに上げ、長官室を後にした。少し疲れているのか。足元が少しふらついていた……。