第3話

 午後二時四三分、ニューヨークのロウス出版社のオフィスビルの屋上、スミスは今そこに立っている。狙撃ポイントの下見をするためだ。そこが渡された紙に書かれていた最適だと思われる狙撃ポイントだった。ここは他にもオフィスビルが立ち並び、サラリーマン達が会社と自分、そして家族のために懸命に働いている。車道を通る車の数も少なくない。そのような場所で今夜一一時三〇分に紙に書かれているターゲット、共和党議員ライアン=ロスバーグを狙撃し暗殺する。紙にはターゲットについての情報も書かれている。紙書かれている情報は以下の通り。

 ライアン=ロスバーグ、アメリカの裏社会、マフィアに情報などの彼らにとって利益になる様々なものを提供している恐れのある共和党議員。彼自身も見返りとして多額の金を受け取っている模様。今夜ニューヨークにあるホテル・レインスウォールでマフィアに所属する人間と密会をするという情報を入手。部屋番号は一二階の二号室、最適なスナイピングポイントはホテルから五百メートルほど離れている一三階建てのオフィスビル、ロウス出版社の屋上。任務開始予定時刻は午後一一時三〇分とするが、最適なタイミングを逃す事のないよう狙撃時刻は狙撃手の判断に任せる事とする。
 尚、部屋の配置はスナイピングポイントから見て一番右側の部屋が一号室となっている。

 これらの重要事項を確認したスミスはロウス出版社のオフィスビルの屋上を離れ始めた。出入り口から階段を下って一つ下のフロアまで下りてからその後はエレベーターで一階まで向かう。途中この出版社に勤務しているサラリーマンやOLなどにも出くわしている。その度にスミスの事を不審者がいると思ったのだろうか、あまりいい顔をスミスには見せなかった。エレベーターの中でもそれは同じだった。いくら同じビル内で働いているとはいえ、全員が顔を知っているわけではない。だがスミスからは明らかにこの会社で働いているとは到底思えないオーラのようなものが感じられていたのだろう。エレベーターが一階に着くと彼はそのビルをすぐに出て行った。

 一時間後、スミスは再び自分が所属する軍の基地にいた。基地の中の殺風景な廊下ではスミスより階級の低い兵士が彼に対して敬礼をする。スミスも勿論敬礼を返す。
廊下を進んでいき自分が班長を務めている狙撃班の部屋に行った。そこには誰もいなかった。きっと部下達は厳しい訓練をしているに違いない。肉体的には今部下達が励んでいる訓練のほうが厳しい。だが本当に厳しくなるのは正式な狙撃手となった後。どんなに精神的に強い人間でも人を殺せば、たとえそれが犯罪にならない殺人だとしても、人を殺したという事実は決して変わらない。スミスも過去の任務の光景、その任務によって殺された標的が今でも夢に出てくる。スミスにとっては悪夢と同じだ。
そのせいでいつも睡眠は浅い。本当に疲れがとれた日は一度もない。  スミスは狙撃班の部屋のさらに奥にある班長室の中に入っていった。長官室のように床にカーペットは敷かれておらず、フローリングの床がむき出しである。それでもスミスには十分すぎた。中には今まで自分が射撃コンテストなどで優秀な成績を収めて獲得したトロフィーやカップなどが棚の中や上に収められている。だけどそれよりも一際目立つのが大きな黒いバッグ。それを開けて中身を取り出す。黒い色一色で染められた美しさと禍禍しさを感じさせる狙撃銃、M24SWS。今はまだスコープは外されている。スミスはその銃を持ちながらイスに座る。そして銃を構えて引き金を引く。弾は入っていない。それから銃弾の装填の動作、ボルトアクションをしてから銃を目の前の机に置く。そして一度イスから立ち上がって昨日の任務で着用していた黒いコートを手に取る。ポケットに何かが入っている。手で出して確認すると、昨日の任務で発射された銃弾の薬莢だった。スミスはそれを机に置いてからイスに座ると目を閉じて眠り始めた。任務までの間に少しでも体力を回復させるためだ。

 そして夢を見た。最初の自分の狙撃の夢を……。