第12話

 ダリが呆然と外を眺めていると、後ろからAKを持った兵士に突き飛ばされた。ダリは思わずその兵士を睨んだが、鋭い眼光がダリを萎縮させた。一歩でも歩く場所を間違えてしまったら、ダリも黄色い海の中に浮かぶ島に埋められる「物」になってしまう。逆らえば殺される、それは今さっき見たばかりなのである。ダリは兵士から顔をそらして外の地面に足を踏み入れる。
 地面の感触は、硬い砂地の上に若干の柔らかい砂がコーティングされたようであった。中にはそれが少し過剰な部分もあり、足の土踏まずの部分がおよそ半分の隙間を残すくらいである。そして裸足で歩いているダリや子供達にとってその砂はとても熱いものなのだが、騒いだら最期だという事が身にしみているため、必死に声を押し殺していた。
「さあ、さっさと並べ!」
 あの子供を殺した将校らしき男が自分達に向けて言葉を投げてきた。それを聞いた兵士達は、あろうことか−というより、ここにいる兵士達は、幼い子供達を含め、自分達に従わない人間を殺す事などどうにも思っていない。うるさい蝿を殺すのと同じ感覚なのかもしれない−子供達に銃を向けてダリ達を整列させた。
 三〇秒ほど経過すると、マイクのハウリングの音が聞こえてきた。あの将校らしき男がマイクを握って今にも口を開こうとしているのだ。その隣には白い髭を蓄え、軍服に身を包んだ初老の男が立っている。
「これより総司令官殿の挨拶をいただく! お前達は何一言として喋ってはいけない! いいな?」
 それだけ言うと、隣にいた初老の男がマイクを受け取って子供達の正面まで歩いてきた。その男は非常に物腰の柔らかそうな男である。
「坊や達、おはよう」
 優しく微笑んで、子供達にも挨拶を求める、総司令官さしき男。だが、子供達は先ほど、「何一言として喋ってはいけない」と言われた。従って子供達は何も言わなかった。
「そうか、さっき君達は喋っちゃだめって言われたものな。実に素直だ。それは軍人にとって上官の命令を何のためらいもなく実行するうえで非常に重要だ。実に素晴しい。だが……」
 次の瞬間、男の優しい笑顔が非常に恐ろしい形相に変わった。
「私はここの総司令官だ。簡単に言えばここで一番偉い人だ。挨拶は絶対にしろ。それを忘れただけでお前達の命の保証はできんぞ……?」
 目の前で表情が変化するところを目の当たりにしなければ、もしかしたら同一人物とはわからないのではないか、そう思えるほどである。
 陸の孤島を沈黙が支配した。誰も言葉を発しない。聞こえる音は、弱めの風が吹く音、その風によって舞う金色の水の音だけである。
「さて、もう一度だけお前らに言っておこう」
 沈黙を破ったのは総司令官の声だった。
「まず挨拶は必ずすること、大人の言うことには『はい』か『わかりました』だけで答えることだ。わかったな?」
 聞こえてきたのは子供達の小さな「はい」という声だ。
「声が小さい!」
 総司令官がそう言うと、マイクからは声と同時に妙な機械音が聞こえてきた。その怒鳴り声に驚いた子供達は大きな声で「はい」と言った。だが、その中で一人、泣きべそをかいている子供がいる。その子供はダリの位置から前に二つ、右に三つ移動した所にいた。
「泣くんじゃない! 泣いて許されると思ったら大間違いだぞ!」
 総司令官が怒鳴り散らすが、子供が泣く止む気配は全くない。それに呆れた様子の総司令官が左手を挙げて何かのサインを送り始めた。最初にダリ達が並んでいる一番左の列を指した。次に指を五本立て、最期に指を二本立てた。今のは一体何だったのだろうか、奏考える間もなく、後方から爆発音が聞こえた。そして、それとほぼ同時に泣いていた子供の頭が砕け散った。まるで、頭の中から何かが外に勢いよく突き破って飛び出たように、粉々に……。頭部が砕け散った少年の周りにいた子供達も返り血をあび、その顔や白い服を赤く染めている。力を失って倒れる子供、金色の砂が赤黒く染められていく。その悲惨という言葉では言い表しきれない光景を目の当たりにした子供達は、胃の中にある物を外へ出してしまっていた。それはダリも例外ではなかった。