第11話

 銃口から硝煙を吐いている拳銃、M1911A1を腰のホルスターにしまった将校は、振り向かずに口を開いた。
「とんだ無駄撃ちをしてしまったな。たかがガキ一匹に貴重な銃弾を費やしてしまうとは……。おい、後でそのゴミを片付けておけ」
「はっ!」
 人間が口にする言葉ではなかった。幼い尊い命を平気で奪える人間、そしてその動かなくなった体を「ゴミ」と形容できてしまう……。人間の姿をしているが中身は全く別の何かが存在する。子供達は声に出さないように、心の中で泣き叫んでいる。
 AKを持った兵士が子供の死体に近づいた時だった。
「待て、一人でいい。お前は私の傍にいてガキを見張るのを手伝え」
「わかりました!」
 一人が将校の横につき、もう一人は死体の両足を両手で持って引きずっていく。死体が引きずられた部分には血液が雑巾か何かで拭かれたような、生々しい跡が残されていく。それと同時に、部屋の中にはかすかに残る硝煙の匂いに鉄臭い匂いが加わったように思えた。
「さてと、お前達はこれから外に出て総司令官の挨拶を聞く事になる。そこでも下手な真似はしないほうがいい。あのガキみたいになりたくなければな……」
 低い声で将校が言うと、彼は部屋の扉を開けて、子供達に外に出るように促した。その後ろからは兵士が子供達を見張るように歩いている。
 その施設の廊下は先ほどまでいた部屋と同じような雰囲気が漂っていた。似ている、いや、ほぼ同じがまるで施設全体に充満しているようだった。何より、それを顕著に表しているのが、壁に所々に付着している黒い「汚れ」である。それが何であるか、ダリには嫌というほどわかっていた。深く注意をしなければ、自分の中に流れている血液も、この施設の「汚れ」になってしまうかもしれないということも。
 廊下の内装も極めて質素なものである。掲示板にも何かが貼られているわけではない。ただそこに緑色の板が広がっているような状態である。そして部屋にいても思っていたことなのだが、廊下を歩いていてダリはあることに気がつき、独り言のように言った。
「まどがない……」
 今、朝なのか、昼なのか、それとも夜なのかが全くわからないのである。陽が出ている時間帯なのかもしれないのだが、施設の廊下は蛍光灯の明かりで照らされている。それも明かりといっていいのかどうなのか、正直迷うと言うのが適当である。汚い明かりが点いては消え、また点いては消える、これの繰り返しである。中にはそれすら行う気配がない蛍光灯もある。時間の感覚が全くわからなくなりそうな施設である。
 しばらく進んでいくと、右側から誰かが歩いていく。それはダリ達と同じような子供達と、それを引率している強面の兵士であった。子供達は見たところ、一〇人前後の数である。
 自分達だけではなかったのだ。無理矢理この閉鎖的であり、血生臭い場所につれてこられた幼い子供達は。その子供達も、泣き叫びたいのを必死で抑えている様子が目で見て感じ取れた。そしてその集団の中に、妙に冷静な子供が一人混じっている。
 その子供は、泣き叫びたいのを我慢している様子が全くうかがえなかった。非日常的な場所にいるのはその子供も変わらないはずであった。だがその子供は、いつもと変わらない様子で集団の中を歩いている。その子供がダリは妙に気になっていた。
 自分達の集団の後ろからもう一つの集団が後ろから来るようになって二分ほどした時だった。将校が歩くのを止めた。彼の前には重厚な鉄の扉が存在した。彼は両手に力をいれ、その扉を押していった。ゆっくりと開かれるその扉の隙間から、光が差し込んでくる。次第にその光が大きくなっていく。ダリはその眩しさに目を閉じ、少し間を置いてから瞼を開けた。
 外には監視用と思われる見張り塔と、その下にある兵士用の施設が確認できた。そしてその傍には脱走を防ぐために存在していると思われる鉄柵がある。しかし、ダリ達が今いる施設と、それらの施設とは結構な距離が開いている。
 ダリは他には何もないのかと辺りを見回してみたが、これというものは何もなかった。最低限の施設だけが存在し、周りには荒野が広がっているだけである。

 完全に外界から隔離された空間、陸の孤島であった。