第10話

 金色の金属の筒が宙を舞い落ちていく。それが砂地に落ちると同時に、女性も頭からひねりすぎた蛇口から出ている水のように血を噴出しながら崩れ落ちた。砂が赤黒く染まっていく。
 少佐と呼ばれている男はガバメントを右手で持っている。それは銃口から微量の煙を吹いていた。
「馬鹿な女だ……。我々、軍隊に逆らったらどうなるのかは承知しているはずだ。親子の愛などこの国の正義である軍事政権に比べたら取るに足らんものだというのにな……」
 彼は軍用トラックに向かいながら腰についているホルスターにガバメントをしまった。
「おい、直ちに『アレ』を実行するぞ」
 少佐がAKを持っている兵士に向かっていった。その兵士はどことなく顔をにやけさせながら言った。
「はっ! では本部に応援を要請してよろしいですね?」
「ああ」
 少佐がトラックに乗り込むと兵士も運転席へとまわった。その時、兵士は手に持っているAKの安全装置をゆっくりと外した。


 一方、ダリや子供達がいるどこともわからぬ施設では同じような説明が子供達にされていた。兵士として軍事教育を受ける事、そのために選ばれた勇士であるということを。
 ダリもこれらの事を聞いている途中に目から涙を流し始めた。軍事訓練など受けたくなどない、そして何よりも学校の友達や教師、母親に会いたかったのだ。それはここにいる他の子供達も同じ気持ちだろう。
「という事なんだよ、坊や達。わかったかい? 何か聞きたい事があったら遠慮なく言っていいからね」
 将校らしき男が無理をして出している優しい声で子供達に言った。すると子供の一人が目から涙を流しながら言った。
「お……、おか……」
「大丈夫だよ。何でも言ってごらん」
「お母さんのところには……、かえ……れるんですか……?」
 あきらかに子供は怯えている。それも無理もなかった。先ほどこの将校らしき男は、天井に向けて拳銃を発砲しているのだ。その時の爆音は子供達に恐怖心を植え付けるのに十分な役割を果たしている。銃弾が命中した部分には、生々しくその跡が残っている。
「お母さんの所に? うーん、そうだな……。多分帰れると思うよ。皆ががんばって訓練をすれば、いつか帰れると思うから安心していいからね」
 非常に曖昧な言葉で返事を終わらせた。質問をしたその子供も何を言っているかをわかってはいなくとも、その男の言葉の裏にある本当の意味をなんとなく感じ取ることができたのだろう。子供は泣き叫びながら男の足にしがみついた。
「イヤだ! すぐにお母さんのところにかえりたいよ!」
 その子供の声が引き金になり、他の子供も同じ事を泣き叫び始めた。室内は再び子供達の叫び声で満たされた。将校の周りにいるAKを持った兵士は静かにするように怒鳴り散らすが、子供達の声があまりにも大きいためにかき消されてしまっていた。
 すると将校が足にしがみついていた子供を蹴飛ばした。子供は床に尻餅をついた。そして次の瞬間、将校がホルスターから拳銃を取り出し、しがみついていた子供の胸に向けて発砲した。発砲された銃弾は子供の心臓を貫通した。辺りに大量の鮮血が飛び散り、ダリを含めた子供達の白いボロきれに赤い液体が付着した。薬莢の落ちる音が、室内に響いている銃声と共に、静かに消えていく。
 目の前で人が殺されるのを初めて見た子供達にとってはトラウマになる光景が広がっている。部屋の中央に未だに血を流し続けている幼い子供の死体がある。血だまりは次第に大きくなっていく。子供達は恐怖のあまり、もう何も言うことができなくなっていた。

 ダリは思い知った。

 ここは、自分が今まで暮らしていた日常とは別世界だということに……。