第8話

 サハルの隣町のガチラ、ダリはそこにいた。いつもの店にいつものように織物を売りに行くからだ。ダリの目にはまだ若干の涙が残っている。
 オニギリの入ったバスケットと織物の入った袋を持ちながら歩いていくといつもの店の主人が他の客の相手をしている。民族衣装を着た、若い女性のようだ。店主はダリに気がつき笑顔で言った。
「おお坊主! 今日も来てくれたのか! 悪いがもうちょっと待っててくれ! どうだいお嬢さん? あんたベッピンさんだからすごく似合うと思うよ、この衣装」
「そうですか? じゃあお言葉に甘えてもらっちゃおうかしら!」
「はい毎度あり! 特別価格で半額にしてやるぜ!」
「嬉しい!」
 女性はそう言って店の前から町の奥へと消えていった。
「待たせたな坊主! それで今日はどうしたんだ?」
「これを……」
 ダリは織物が入った袋を店主に渡した。
「相変わらずの上物だな! それじゃ……」
「ぼく、お母さんにきらわれちゃった……」
 お金を渡そうとした店主だったがダリの言葉にその手を止めた。店主は普段見せないような真剣な表情でダリの目を見た。今にも再び泣き出しそうな、純粋な少年の目を。
「どういうことだ?」
「ぼく、お母さんに学校をやめたいって言ったんだ。ぼくはお母さんがらくになるとおもっていったのに、お母さんはすごくおこってぼくをたたいたんだ。ぼく、きらわれ……」
 頬を伝った雫が砂地に零れ落ち、砂を黒く染めた。
「坊主、お母さんはお前を嫌いになんてなったりしないよ。今までにも何度も怒られたことあらうだろう?」
 ダリは無言のまま首を縦に振った。
「それにお前はオレに話してくれたじゃねーか。その手首についている青い紐の腕輪、それは母さんが坊主のことが大好きでいつまでも仲良く暮らしたいってお前につけたやつだろう?」
 ダリはこの店主の店に初めて来たとき、自慢するように自分の右手首にある青い紐の腕輪を店主に話したことがあった。ダリはそれをはっきりと覚えていた。
「学校を辞めるって突然お前が言ったからびっくりしただけだよ。お母さんはお前の気持ちは嬉しかったはずだ。自分の体のことを気遣ってくれたからな。辞めるって言って怒ったってことは、学校を辞めるなんて言うなって言ったんじゃねーのか?」
 ダリは泣きながら首を縦に振る。そのダリの両肩に手を置く店主。
「お前は嫌われてなんかいねーよダリ。家に帰ったらちゃんとお母さんと仲直りしたほうがいい。学校にも行き続けたほうがいいぞ」
 店主はダリの肩から手を離すとポケットの中からお金を取り出してダリの手に渡した。
「この町でアイスクリームか何か買って食べろや! 元気でるぞ! この金はその織物とアイスクリーム代だ!」
 するとダリは少し表情が和らいだ。アイスクリームで嬉しくなるのはなんとも子供らしい。
「うん! ありがとう!」
「じゃあ坊主! 気をつけろよ!」
 ダリは店を後にして町の中を歩いていった。その様子をサングラスをかけ、水色と黄色のシャツを着てジーパンを履いている男二人が見ていた。
「おい、見ろよ。あのガキがいいんじゃねーか?」
「……そうだな。悪くない」

 ダリはアイスクリーム屋について背伸びをして言った。
「チョコレートアイスクリームをください!」
 店員の色黒の女性がにこやかな表情でその声に応えた。
「わかったわ。ちょっと待っててねおチビちゃん」
 右手にアイスクリームをすくう道具を、左手にコーンを持ちながら店員はチョコレートアイスが入っている容器の所に向かった。コーンの上に冷たいデザートが盛られていく。
「はい、おチビちゃん。君は可愛いから特別にサービスしてあげる! お姉さんのおごりよ!」
「ほんと!? ありがとう!」
 ダリはアイスクリームを受け取ると笑顔で店員に手をふった。店員も笑顔でダリに手をふる。
 オニギリが入ったバスケットを左手に、アイスクリームを右手に持って食べながらダリは町を歩いていった。ダリが正面から向かって左にある細い路地を通り過ぎようとした時だった。路地から手が伸びてきてダリを引きずり込んだ。先ほどの怪しい二人の男がそれを行っていた。
 青いシャツを着た男はダリの口に手を押さえて声が洩れないようにしている。ダリは何とかして逃げようと必死にもがいている。だが黄色のシャツを着た男がポケットから拳銃、コルト・ガバメントM1911A1を取り出してダリの額に狙いをつけた。
「静かにしろ。でないと、わかるな?」
 男は低い声で言った。恐怖で声も出せなくなったダリの首筋に手刀が叩き込まれた。それによって、ダリは気を失い倒れてしまった。地面にアイスクリーム落ち、バスケットからオニギリも転がり出てきた。
「ちょろいもんだな。このガキをいつもの『あそこ』に売りつけるんだろ?」
「ああ、いい金になるぜ。全くこの商売はやめられねーな」
「全くだ。じゃあ行こうぜ」
 男達は気を失ったダリを抱え上げその場を後にした。その時、母親が丹精をこめて作ったオニギリも無惨に踏み潰されていった……。