第5話

 学校の教室では授業が行われている。ダリのいる教室では算数の授業がひらかれているのだが、ダリは上の空の状態だった。友達が大勢いる学校にいても、未だに夢のことが気になっているのだ。左の手のひらに頬を乗せて、左ひじを机の上に置いて外を眺めている。
「じゃあここを……。ダリ君にやってもらおうかしら?」
 名前を呼ばれてもダリは反応しない。
「ダリ君!」
「!は、はい!」
 大きな声で呼ばれてダリはやっと我に帰った。
「どうしたの? そんなにボーっとしちゃって。何かあったの?」
「い、いえ。なんでもないです」
「そう、ならいいけど。でもちゃんと授業を聞いてないとだめよ」
「ごめんなさい……」
 ダリは教科書の方を見た。それは文字通り見ているのであって、読んではいない。頭の中には何も入っていかなかった。もちろん、教師の声も耳から入ってすぐにもう片方の耳から出て行ってしまっている。少年は深いため息をついた。
 放課後、ダリが帰宅しようと廊下に出る時だった。
「ダリくーん!」
 ダリの友達に一人が駆け寄ってきた。
「きょうもサッカーしようってことになったんだよ! ダリくんもいっしょにやろ!」
「あ、ごめん。きょう母さんからとなりのガチラまでおつかいたのまれてるんだ。だからサッカーはいけないや……」
「そっかー。じゃあまたこんどやろ!」
「うん、ごめんね!」
 ダリは校舎を後にして帰路についた。いつもと変わらない町中をいつもとは様子の違う少年が歩いていく。途中で列車の駅の前を通る。この駅は後にダリが隣のガチラの町まで行くときに使う事になる列車の発着場だ。駅では貨物列車が物資の積み下ろしをしている。少し黄ばんだ袋を太い腕をした男達が貨物列車用のホームに次々と置いていく。
 しばらく歩いてダリは自宅に到着した。
「ただいまー」
 ダリは決して元気があるとは言えない声を発して中に入っていった。
「おかえり。どうしたんだい? なんか元気がないけど」
「ううん、だいじょうぶだよ。ぼくおつかいに行ってくるよ!」
「そうかい? じゃあちょっと待ってておくれ」
 ラミは奥の部屋に何かを取りに行った。戻ってくるとその手には織物が入った籠とバスケットがあった。
「これをガチラにいるいつもの小父さんの店に行って売ってきておくれ。それとこのバスケットの中にはオニギリが入っているから列車の中でお食べ」
「うん、じゃあいってきます」
 元気のない返事をしてダリは家を後にした。表情も気の抜けたような顔つきだ。ダリは町の市場を抜けて列車の駅に向かった。駅ではまだ貨物の積み下ろしが終わっていなかった。貨物列車とは別のホームには旅客列車が停まっていた。そのホームはガチラ方面行きの列車が停まる所だ。ダリは駅舎の中に入っていった。駅舎の中は広々としている。ラジオが流れ、売店もある。
 ダリは切符売り場の前に立って言った。
「ガチラまでのきっぷをいちまいください!」
 その声に売り場の中にいる中年の女性がダリの方を見た。
「おや、ダリちゃんじゃないか。またお使いかい?」
「はい!」
「いつも偉いね。はい切符」
 ダリは切符を受け取ると料金を手渡した。
「あと少しで発車するから急いだ方がいいよ。気をつけてね」
「はい! いってきます!」
 ダリはホームへと駆け込んだ。
『二番線ご注意ください。間もなく列車が発車いたします。ご乗車になられてお待ちください』
 発車ギリギリで間に合ったダリは空いている席を見つけて座った。それとほぼ同時に列車が動き出した。車輪が音をたてながらレールを上を進んでいく。次第に速度も上昇していく。先頭車両が駅から離れ、ポイント線の上の通過していく。その際に列車が少し揺れる。その後は荒野の中を進んでいくだけだ。列車の風で周りに弱い砂埃が巻き上がる。

 列車は隣町のガチラへと……。