第1話

 アフリカ大陸のある一国、雲一つない大空という名前の大海洋が広がっている。そ の海の中を鳥達が羽を羽ばたかせ、気持ちよさそうに泳いでいく。そんな青空の下に 一つの町がある。名前はサハル。町と言っても人口は二〇〇人程度の少ないものであ る。だがサハルは活気に溢れている場所である。色彩豊かな布が建物の二階などから 垂れ下がり、その下を民族衣装に身を包んだ人々が歩いて通り過ぎていく。市場でも 青果や肉、魚などが売られている。そしてサハルは隣町のガチラと鉄道で繋がってい る。鉄道はサハルを発車すると何もない荒野を一五分程走っていき、その後にガチラ に到着する。鉄道は旅客の運搬のみならず、物資の運搬列車としても活躍している。

 サハルから二〇〇メートル程外れた荒野には川が流れている。サハルに住む人々に 限らず、動物や乾燥した大地に潤いを与える命の源泉でもある。その川に二つのバケ ツを持った少年がいる。少年の髪の毛は黒い天然パーマ、肌の色は黒である。白いボ ロくなってきているシャツ、青い短パン、そして裸足という姿の少年の右の手首には 青い紐がある。少年は力を入れる声を小さくあげて水を汲んだバケツを持って町の方 に向かっていく。少量の水滴が砂地に落ち、砂を薄い黒色に染める。バケツの中で揺 れ動く水の音が非常に心地よい。
 サハルのから少しだけ外れた所に家がある。少しだけとは言え、目と鼻の先には町 が広がっているほどだ。その家の外の物干し竿に洗濯物を干している女性がいる。少 しふくよかで肌の色は黒く、長いストレートの黒髪の女性である。その女性は腕を勢 いよく振り下ろして洗濯物を広げて物干し竿にかけていく。右手の手首には青い紐が ある。
 するとその女性の方に向かってバケツを持った少年が歩いてくる。女性は少年の姿 を確認すると洗濯物を干す手を止めて少年に歩み寄りながら言う。
「おかえり」
 女性はその少年のバケツの一つを持って家に向かっていく。
「家の中に朝ごはんが用意できているからね。それを食べたらちゃんと歯を磨くんだ よ、ダリ」
 ダリという名前の少年はその女性、ラミ=ラファルエルの言うことに笑顔を浮かべ た。
「うん、だいじょうぶ! だってまいあさやっていることだもん!」
 二人は家の木でできた扉を開けた。中はお世辞でもお金持ち、ましてや普通くらい のお金がある家とはとても言えないものだ。木でできたテーブルの上には皿が二枚と コップがある。一枚は質素なパン、もう一枚はサラダが、コップには牛乳というもの だ。
「毎朝学校に行く前に手伝ってもらってごめんよダリ」
「だいじょうぶだよ! お母さんとボクの二人だけなんだもん! ボクお母さんのこ とだいすきだからだいじょうぶだよ! じゃあいただきます!」
 ラミは再び家の外に出て洗濯物を物干し竿に干し始めた。勢いよく洗濯物を広げる 音が実に爽快だ。ダリは用意された朝食を食べ終わり、洗面所に行き自分の歯ブラシ を手にとって歯を磨く。二分程磨いたら口を濯ぎ、カバンを持って家の外に出る。
「じゃあお母さん、学校にいってきま〜す!」
「ああ、ちゃんと気をつけて行くんだよ。道路は車が通るからちゃんと右左を見な きゃ駄目だよ」
「だいじょうぶ! じゃあいってきま〜す!」
 ダリはカバンを右手に持ちながら町の中心部へ向かっていった。学校はサハルの中 心部から少し外れた所に存在している。とは言っても学校のすぐ裏には荒野が広がっ ている。地平線まで見える荒野、そして右の脇には壮大な大地の壁を臨むこともでき るのだ。つまり、学校の裏を見れば地平線と壮大なる大地の壁を見渡すことができる のだ。
 町の中を歩いていくダリ、働き者のこの少年は町の人気者でもある。すれ違う人々 がダリに向かって声をかけてくる。
「やあダリちゃん、これから学校かい?」
「うん、おばさん!」
「いつもお母さんの手伝いをしていて偉いねえ。家のボウズにも見習わせたいものだ よ。気をつけるんだよ」
「は〜い!」
 会話を済ませ進んでいくと線路をまたぐ事になった。サハルには踏み切りなどは存 在しない。各自が十分に注意を払って向こう側に渡らなければならないのだ。ダリが 線路を渡ろうとするとすぐ傍にある駅から貨物列車が出発し始めた。貨物列車の編成 は非常に長いがそれでもじっと待つしかない。一分くらいしてようやく線路を渡れる ようになった。このまま行くと遅刻してしまうのでダリは走る事にした。は裸足とは 言え、生まれてからずっと踏みしめてきた大地だ。痛いなんて微塵も思わなかった。
 二分くらいすると木造建築の学校が見えてきた。ダリ同様、遅刻しそうな子供達が 次々に学校の中に入っていく。ダリも建物の中に入り、木の床の上を音をたてながら 走っていく。そこを曲がればすぐに自分の教室だ。ダリが曲がって部屋の中に入った 瞬間にチャイムが鳴った。
「はい、ギリギリセーフねダリ君。おはよう」
「おはようございます! 先生!」
 少し息を切らしながらダリは席についた。少年の新しい一日が始まった。